大判例

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東京地方裁判所 平成2年(レ)102号 判決

控訴人

井上勝博

右訴訟代理人弁護士

清水恵一郎

笹岡峰夫

被控訴人

星野實

右訴訟代理人弁護士

齋藤勘造

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、被控訴人から金三〇万円の支払いを受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の家屋中二階西南側六畳の部屋及び附属押入・板の間部分13.2平方メートルを明渡せ。

2  控訴人は被控訴人に対し、平成元年二月一日から右明渡し済みに至るまで一か月金三万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、第二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

第二事案の概要

本件は、被控訴人所有の建物の一室を控訴人に貸したが、その賃貸借契約は終了したとして被控訴人が控訴人に対して部屋の明渡しを求め、それを認容した原審の判断が不服であるとして、控訴人が控訴した事案である。

一争いのない事実

1  (賃貸借契約)

被控訴人は、昭和六一年八月一日、控訴人に対し、被控訴人所有の別紙物件目録記載の家屋(以下「本件建物」という。)のうち二階西南側六畳の部屋及び附属押入・板の間部分13.2平方メートル(以下「本件部屋」という。)を賃料一か月金三万五〇〇〇円、期間を昭和六三年七月三一日までの二年間との約束で賃貸し(以下「本件契約」という。)、これを引き渡した。

本件部屋は、六畳一間に押入れと水屋のついた板の間が附属しているものであり、便所はなく、控訴人は本件建物一階にある便所を被控訴人の家族と共用している。

2  (期間満了と明渡交渉)

本件契約の期限とされていた昭和六三年七月三一日が経過したが、被控訴人は、それに先立つ同年二月、五月及び六月末日ころに本件契約を更新しない旨を控訴人に通知し、また、同年八月一日及び九月九日に控訴人が本件部屋の使用を継続していることについて異議を述べた。そして、同年一二月一六日に本件契約の解約を申し入れた。

二(争点)

1  本件契約に借家法の適用があるかどうか。

2  正当事由の有無。

(一) 被控訴人の主張

(1) 被控訴人の孫(被控訴人の娘の武智光代の長男)は、昭和六三年八月当時、本件建物の近くにある京華学園高校に通学しており、その居宅が足立区新田にあるため通学にかなりの時間を要するだけでなく、ほぼ年中柔道の早朝練習があって通学が著しく困難であった。平成三年四月大学に進学したが、交通至便な本件建物に居住する必要性は高い。また、平成元年四月からは被控訴人のもう一人の孫(前記の武智光代の次男)も京華学園高校に通学するようになり、やはり足立区新田の居宅から通うためサッカーの早朝練習等早朝通学で通学が困難な状態にある上、平成三年四月より高校三年となり、大学受験の準備のため、学校近くに居住する必要がある。したがって、被控訴人の孫らを本件部屋に住まわせる必要性がある。

(2) これに反し、控訴人は独身であり、本件部屋に宿泊するのは一か月に一〇日ないし二〇日くらいであるので、本件部屋に居住する必要性はそれ程大きいとは考えがたい。

(3) また、控訴人は勤務先を偽って入居し、賃貸借契約書に保証人として署名・捺印した人物はその住所地に実在しないなど、本件契約締結にあたっての控訴人の態度は、被控訴人との信頼関係を著しく破壊するものである。

(4) さらに、控訴人の帰宅は深夜午前零時過ぎが通例で、帰宅の際の物音のため被控訴人及びその家族が安眠を妨げられ、極めて迷惑を被っている。

(5) 被控訴人は、立退料として一〇万円を支払う。

(二) 控訴人の主張

(1) 被控訴人は同人の孫の通学のため本件部屋に居住させる必要があると主張するが、年上の孫は高校三年間実家から通い、高校を卒業してしまった。また、通学が困難なら他に下宿させるとかあるいは本件建物の他の部屋の明渡しの交渉をするなどの行為に出るのが通常であるところ、そのような状況は認められず、本件部屋を使用する必要性はそれ程高くないと考えられる。

(2) 控訴人は経済的に貧困であり、他に移転するにもその資金がない。

第三争点に対する判断

一(借家法適用の有無)

1  本件契約は、一つの建物の一部についての賃貸借であるが、その場合に借家法が適用されるか否かを判断するに当たっては、その一部について独占的排他的支配があるかという使用上の独立性及び構造上他の部分と明確に区切られて施錠するなどして他の部分との通行を防止できるかという効用上の独立性という二つの観点から総合的に考慮すべきである。

2  これを本件について見ると、その構造及び使用状況に関し、次の事実が認められる。

(一) 本件建物の出入口は一階玄関のみで、そこを入ると真っ直ぐに一階廊下がある。廊下に上がってすぐ右側に二階に通じる階段があり、廊下奥右側に便所がある。廊下左側は被控訴人の居住部分であり、廊下とは、ドア及びガラス障子で区切られている(争いがない。)。一階玄関の鍵は控訴人も持っている(当審での控訴人本人六六頁)。

(二) 本件部屋は、壁と板戸で二階廊下と区切られ、その板戸は施錠でき、水屋の付いた板の間部分にはガス栓及び水道も設置され、台所として利用できるようになっている。また、押入れが一つあり、窓は二か所にある。便所はなく、控訴人は一階の便所を被控訴人及びその家族と共用している(争いがない。)。風呂はないので銭湯に行き(被控訴人とその家族の風呂を使用することはない。)、洗濯はコインランドリーで済ませている(当審での控訴人本人六四ないし六五頁)。

(三) 本件部屋で使用する電気、水道及びガスの料金は、それぞれ専用のメーターが設置されており、控訴人がその使用分を支払っている。

(四) 本件建物二階には本件部屋の他に二部屋があり、それぞれ二階廊下と施錠可能な板戸で区切られ、部屋内に便所、洗濯機置場及び台所がついている(争いがない。)。

3 以上によれば、本件部屋は控訴人のみが使用する専用部分であり、家主といえども勝手に立ち入ることはできない扱いとされていることから、使用上の独立性が認められ、また、施錠可能な板戸で他の部分と区切られていること、二階の他の部屋ともそれぞれ施錠可能な板戸で区切られ、他人の居室に入らずに自室に出入りできること、便所を除き住居として生活できる構造になっていること、その便所についても共用ではあるが一階廊下に面しており被控訴人の居室に入ることなく使用できることからすると、効用上の独立性についても、これを認めることができる。

したがって、本件部屋は借家法の建物と評価することができ、その賃貸借契約には借家法の適用が認められる。

4  なお、本件契約に借家法の適用が認められると、契約締結時に定めた期間の満了によっては契約は当然には終了せず、更新拒絶あるいは解約申入れによる終了が考えられるところ、控訴人がなした昭和六三年二月、五月及び六月末日ころの本件契約を更新しない旨の通知は、期間満了前六か月以前にされたものではないから、適法な更新拒絶の通知とはならない。ただ、更新しない旨の通知には本件部屋の明渡しを求める被控訴人の意思が表示されていると認められ、右のとおり、期間満了直前まで三回も繰り返されていることから、期間満了時まで右意思が継続していると考えることができる。そうすると、これを期間満了時の解約申入れと解することができるから、昭和六三年七月三一日の経過時に解約申入れをしたと認められる。

二(正当事由の有無)

1  そこで、右の解約申入れに正当事由があるかどうかについて検討すると、この事情として、以下の事実が認められる。

(一) 被控訴人の孫二名のうち、年上の一名は昭和六三年七月三一日時点では、被控訴人の居宅近くの京華学園高校に通学しており、柔道の早朝練習のため早朝通学をしなければならず、足立区新田にある自宅からの通学はかなりの時間を要した。そして、年下の孫が平成元年四月より同じく京華学園高校に通学するようになり、サッカーの早朝練習で早朝通学するため、足立区新田の自宅からの通学は困難な状況である(原審での証人星野とくの証言一六項、証人武智光代の証言二項)。

(二) 被控訴人は、立退料として一〇万円を支払う用意がある(特に争いがない。)、控訴人も三五万円程度の立退費用があれば転居する意思を有している(弁論の全趣旨)。

(三) 控訴人は独身であり、いわば身軽な状況である(争いはない。)。

(四) 控訴人が本件建物の存する場所に居住しなければならない必然性を認めるに足りる証拠はない。

(五) 控訴人の手取り収入は一三万二一三〇円であり(〈書証番号略〉、当審での控訴人本人二九ないし三〇頁)、控訴人はその金額内で何とか生活をやり繰りしている状況である(同六一ないし六二頁)

なお、被控訴人が正当事由として主張する他の事情については、本件契約の際実在しない人物を保証人として記載したとの点は同人が住所を変更したことに起因する誤解と考えられること(〈書証番号略〉、原審での控訴人本人、当審での控訴人本人)、控訴人が本件部屋をほとんど使用していないとの点は昭和六三年七月ころからは一か月の三分の二程度は本件部屋で起居していること(原審での控訴人本人)、控訴人の帰宅が遅く迷惑を被っているという点はそれを認めるに足りる証拠はないことから、正当事由を補完するに足りるものではない。

2 以上の諸事情を検討すると、被控訴人の本件部屋を使用する必要性は、孫の通学の便を考えてのことであり、自ら使用する必要性に比べてその程度は低く、他方、控訴人の方は、生活にゆとりもなく、他の部屋を捜すのも困難な状況にある。しかし、本件部屋が一応の独立性を認めることができるとしても賃貸人である被控訴人の居住家屋の一部であるという本件契約の特殊性及び双方の利益状況を総合的に考えると、立退料支払いの申し出による正当事由の補強ともあいまって、本件解約申入れには正当事由が認められる。

そして、立退料の額としては、本件にあらわれた以上の事情を考慮して三〇万円が相当である。

三以上から、本件解約申入れには正当事由があり、解約申入れをした時から六か月を経過した時点で本件契約は終了することになり、解約申入れが昭和六三年七月三一日の経過時と解されるから、本件契約は平成元年一月三一日の経過によって終了することとなる。したがって、昭和六三年八月一日から平成元年一月三一日までの賃料相当損害金の請求は理由がないこととなり、同年二月一日以降の賃料相当損害金の請求はたとえ賃料を供託していても、それとは異なる性質の金員であるから、賃料の供託をもってそれに代えることはできない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井眞治 裁判官大塚正之 裁判官渡邊真紀)

別紙物件目録〈省略〉

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